カッシーラーのシンボル形式の哲学が扱う社会問題
文化の危機と人間疎外
エルンスト・カッシーラーは、第一次世界大戦後のワイマール期の混乱と全体主義の台頭を目の当たりにし、近代社会における人間疎外の問題に強い危機感を抱いていました。彼は、人間が自ら作り出したシンボルシステムによって、逆に人間自身が支配され、疎外されているというパラドックスを指摘しました。
カッシーラーは、人間を「シンボルを操る動物」と定義し、言語、神話、芸術、宗教、科学といった多様なシンボル形式を通して世界を理解し、意味を与えていると主張しました。シンボル形式は、人間にとって単なる道具ではなく、現実を構成し、文化を創造する力を持つものです。しかし、近代社会においては、科学技術や合理主義が偏重され、他のシンボル形式が軽視される傾向にあります。これは、人間の精神的な世界を貧困化させ、全体主義のような非合理的なイデオロギーに人々を陥りやすくするとカッシーラーは考えました。
専門化と断片化
近代社会における高度な分業と専門化は、社会システムを効率化させる一方で、人間を部分的な存在へと分断してしまう側面も持っています。カッシーラーは、専門化が進むことによって、個々の専門領域は深化するものの、全体像を把握することが困難になり、人間の総合的な知識や教養が失われていくことを危惧しました。
それぞれの専門領域は独自の言語や概念を用いており、専門家同士のコミュニケーションは容易ではありません。これは、社会全体の意思疎通を阻害し、異なる分野の人々がお互いを理解することを困難にしています。その結果、社会は分断され、共通の価値観や目標を見失ってしまう可能性があります。
マスメディアの影響と大衆操作
20世紀初頭に登場したラジオや映画といったマスメディアは、情報を一方向的に伝達する強力な手段となり、人々の意識や行動に大きな影響力を持つようになりました。カッシーラーは、マスメディアがプロパガンダや商業主義に利用されることで、大衆を操作し、批判的な思考力を奪ってしまう危険性を指摘しました。
マスメディアによって大量に発信される情報は、受動的に受け取るだけでは、真偽を判断したり、多角的に分析したりすることが難しくなります。カッシーラーは、このような状況下では、人々が自分で考えることを放棄し、マスメディアに流されるままに、画一的な価値観や行動様式に染まってしまうことを懸念していました。