## エーコの「薔薇の名前」の思考の枠組み
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記号論と解釈
「薔薇の名前」は、記号論、つまり記号と意味の関係についての探求を深く織り込んだ作品です。作中では、修道院という閉鎖空間で起こる殺人事件を、フランシスコ会修道士ウィリアム・オブ・バスカヴィルが、理性と論理を駆使して解き明かそうとします。
ウィリアムは、アリストテレスの論理学や、経験主義的な観察を通して、事件の手がかりとなる記号を読み解こうとします。彼が直面するのは、写本の暗号、謎めいた建築構造、修道士たちの不可解な行動など、解釈を必要とする記号ばかりです。
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中世の知識と権力
物語の舞台となる14世紀の修道院は、当時の知識の中心地であり、膨大な書物を所蔵する図書館は、権力の象徴でもありました。
作中では、書物や知識をめぐる争いが、事件の背景として描かれています。禁断の書物とされるアリストテレスの「詩学」第二巻の存在は、笑いを神への冒涜とみなす保守的な勢力にとって、脅威となります。
知識の独占と解釈の支配が、権力構造と密接に結びついていた中世社会を、エーコは「薔薇の名前」を通して描き出しています。
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真実の多義性
「薔薇の名前」は、ミステリー小説の形式をとりながらも、単一の真実を提示するわけではありません。ウィリアムの推理は論理的でありながら、必ずしも事件の真相を完全に解明するには至りません。
作中では、解釈の多様性や、真実の相対性が示唆されています。登場人物たちの立場や思想によって、同じ出来事や記号が全く異なる意味を持つことがあり、読者は、絶対的な解釈が存在しないことを突きつけられます。