エンゲルスの空想から科学への対極
###
エンゲルスの主張とその背景
フリードリヒ・エンゲルスの著書「空想から科学へ」(原題:Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft)は、1880年に出版され、社会主義の発展をユートピア思想から科学的社会主義へと位置づけることを目的としていました。エンゲルスは、初期の社会主義者(サン=シモン、フーリエ、オーウェンなど)を「空想的社会主義者」と呼び、彼らの思想は社会の矛盾に対する科学的な分析に基づいておらず、実現不可能な理想社会を描いていると批判しました。
一方、エンゲルスは、マルクスと共に発展させた歴史唯物論を「科学的社会主義」と呼び、資本主義社会の内部矛盾を分析し、その必然的な崩壊と社会主義社会への移行を主張しました。エンゲルスは、歴史は階級闘争の歴史であるとし、資本主義社会における資本家階級と労働者階級の対立は、最終的に労働者階級による革命と社会主義社会の建設につながるとしました。
###
対極に位置する思想の検討
エンゲルスの「空想から科学へ」は、社会主義思想の発展における一つの重要な視点を提供していますが、その主張は一方的な側面も孕んでいます。特に、「科学的社会主義」という概念は、社会主義思想を唯一絶対の「科学」として正当化しようとする試みであり、その後の歴史において様々な批判や論争を巻き起こしてきました。
エンゲルスの主張に対置しうる思想としては、以下のようなものが挙げられます。
* **初期社会主義思想の再評価:** エンゲルスが「空想的」と批判したサン=シモン、フーリエ、オーウェンらの思想は、現代においてもその社会改革への情熱や人間性への深い洞察から再評価されています。彼らの思想は、単なる「空想」ではなく、当時の社会問題に対する具体的な解決策を提示しようとした実践的な側面も持ち合わせていました。
* **自由主義、保守主義からの批判:** エンゲルスの歴史唯物論は、自由主義や保守主義の立場から、その唯物史観や階級闘争史観、革命論などを中心に批判を受けてきました。これらの思想は、個人主義、自由市場、伝統や秩序の重要性を強調し、エンゲルスの主張する社会主義革命やプロレタリア独裁に反対しました。
* **修正主義、民主社会主義:** 20世紀に入ると、ベルンシュタインなどの修正主義者たちは、エンゲルスの主張する資本主義の必然的な崩壊という命題に疑問を呈し、議会制民主主義の中で労働者の権利を徐々に拡大していくことを主張しました。また、民主社会主義は、社会主義の理念を追求しながらも、民主主義的な政治体制や人権の保障を重視する立場をとっています。
これらの思想は、エンゲルスが「空想から科学へ」で示した社会主義思想の発展史とは異なる視点や解釈を提供し、社会主義思想の多様性を示しています。エンゲルスの主張は、あくまでも一つの視点を示したものであり、その対極に位置する様々な思想を検討することで、より多角的に社会主義思想を理解することができます。