イプセンの幽霊の名前
幽霊
劇中で「幽霊」と呼ばれる存在は、主にふたつの意味で使われています。ひとつは、梅毒が原因で亡くなった、アルヴィング牧師の影です。夫を慕い続けたという世間的な評価とは裏腹に、アルヴィング夫人は生前、放蕩の罪を犯した夫に苦しめられていました。彼女の苦悩は、死後も息子オスヴァルドを蝕む梅毒という形で現れ、過去を払拭しようと努めるアルヴィング夫人を常に苦しめます。
もうひとつの「幽霊」は、劇中に登場する人物たちの行動や思考を縛り付ける、過去の因習や社会通念を指します。マンダース牧師の宗教観や社会規範、アルヴィング夫人自身の世間体へのこだわりなどが、登場人物たちの自由な選択を阻む「幽霊」として機能していると言えるでしょう。
アルヴィング夫人
「アルヴィング」は、夫の姓を名乗ることで、当時の社会における「妻」という立場に自分を縛り付けていることを暗示しています。彼女は、夫の悪評から息子を守るために、長年真実を隠し続けました。彼女の行動は、社会通念や世間体を強く意識した結果であり、「アルヴィング夫人」という名前は、彼女自身のアイデンティティよりも、社会的な役割を優先せざるを得ない状況を表しています。
オスヴァルド
「オスヴァルド」は、北欧神話の光の神「バルドル」を連想させる名前ですが、劇中のオスヴァルドは、父親と同じく梅毒を患い、運命に翻弄される存在として描かれています。彼の名は、一見すると希望を感じさせる一方で、その運命との対比によって、より一層、悲劇性を際立たせる効果を持っています。
マンダース牧師
「マンダース」は、「人」を意味する「マン」と、「~する人」を意味する接尾辞「-er」を組み合わせた造語と考えられ、「人々」や「社会」を象徴する存在として解釈できます。彼は劇中で、厳格な道徳観や社会規範を振りかざし、アルヴィング夫人の行動を咎めます。彼の名は、個人の自由よりも、社会の規律や秩序を重視する当時の価値観を反映しています。